恩師(長沢節先生の回顧展・弥生美術館)

私はどうも不器用な人間で、いろんなことが苦手です。昨今のSNSとの付合い方や、ニコパチ写真があちこちに載っているのも耐えられない。いつも変なのです、時間の使い方も。大切なこと、大事なもの…… 人との大切な事も、いろいろと変なのかもしれない。

今朝、Facebookのリンクで読みました。恩師・長沢節先生の最後の展覧会があるそう。……最後とは?…詳しくは判らないですが、そんな記事を今朝、読みましたので、観に行こうと思いました。

セツモードには、働いていた書店(&レコード店)と、さらに、輸入ビデオ屋さんのバイトを掛け持ちしながら通いました(その他にも何か、沢山やってました)。10代の頃から描いてきた漫画で挫折した頃でした。最後の投稿先はガロ。それでも絵を続けたかった。1980年代の渋谷公園通り。となりのみよちゃんや楽器屋さんで有名だった細いビルのテナントだったバイト先の輸入ビデオ屋さんの上には、エンジンルーム(ビックリハウスの編集部)がある事を、後ほど編集部にお訪ねした時に知りました。そういえば、バイト学生当時、非情階段に沢山の絵が並べられている不思議な光景を目にしており……

セツ先生には、合評会で毎回A評定を頂き、ホールに絵を貼り出して頂いていました。この頃、銀座コリドー街で始まった、「セツアート展」の広告用の作品に選んで頂けたりもしました。巻末広告群のモノクロですが、大きく1ページ。私にとっての初の、玄光社イラストレーション紙掲載は、学生時代のこの作品でした。卒業制作の時には賞を頂いたりもした。セツ・ゲリラに選ばれたときも嬉しかった。今では考えられないけれど、編み下げ頭で中庭でハイライトを吸っていた私に「クーッ、生意気な。けどお前は似合ってるから許すヨ。ギュッ」と言い、被っていたハンチング帽の前ツバを引っ張って下げられたのも嬉しかったです。

パルコ・日本グラフィック展で2年続けて賞を頂いた時、「新人類」という取材で何度か筑紫哲也さんとお会いし、セツで行われるゲリラ展の招待状をお送りした所、筑紫哲也さんが本当にセツに遊びに来て下さり、節先生や初川良先生に喜んで頂けた時にも、すごく嬉しかった。
セツ先生から故・堀内誠一さんに紹介状を書いて頂き、作品を見て頂いた時、すでに病床にあった堀内さんから頂いた4〜5通の書簡でのやり取り。これは、後年、堀内誠一さんの個展があったときに、たまたまお仕事をしていた子育てママ向け雑誌の編集者さんを通し、奥さまである堀内路子さんにコピーをお送りしました。ご家族のことや、色々な事が書かれてあったものですから……

80年代のあの頃、大きなB全バネルを担いで、セツ・モードセミナーに通っていた私。みんなの顔。思い出します。長沢節先生や、講師で来て下さっていた先輩イラストレーターの方々にしていただいて来たことや、同時代の仲間とのいろいろな事を、今までどこにも書けなかったまま、また、様々なご厚情に対するお礼の言葉も少しもうまく言えなかったまま、三十年の月日が流れ去ってしまいましたが、今、ただただ思うのは、感謝の言葉をお伝えする先がないということ。
これは、グラフィックパワー展という展覧会のバンフレットの為に長沢先生から頂いた文です。美術館のパンフレットという事で、私の推薦文は、長沢節先生に書いて頂けました。
そんな、長沢節先生の展覧会、「生誕100年 長沢節展ーデッサンの名手、セツ・モードセミナーのカリスマ校長ー」が、文京区の弥生美術館で再び開催されるそうです。会期は4月1日から6月25日まで。先生。私もまた観にうかがいます。
e0173058_14295200.jpg

e0173058_04511004.jpg

























[PR]
by 619sak | 2017-02-09 14:43 | 情報
<< 蕎麦春秋 Vol.41 [3月... 川のようにお泣き ----- ... >>